1969(昭和44)年閉山


 

 

 

 

竈のようなものがある

 他の部屋にはなかったと思うが。オプション?

 

 

 

緑ヶ丘アパートの部屋に風呂はなかった

 

 

 

 

鉱山で働く人もその家族も、みな共同の風呂を使ったのだろう

 

 

 

 

今のようにプライベートや個人というものが重視されなかった時代だ

  

 

 

 

二時間近く見て回った

 そろそろ出ようか

 

 

 大正、昭和の前半世紀、多くの人々がここで仕事をし、育ち、生活を持った。

 

 

 

 閉山後、全国に散った人々にとっては大切なふるさとである。

 

 

 

そして間違いなく日本の近代化時代を支えた跡である。

 

 

 

 

アパートを望む高台の休憩所に何枚かのパネルがあった

明朝体の部分はそのパネルの文章の引用

 

これだけ大きな街である、松尾で人生の一部を過ごした人も

いまだ大勢いることだろう

 

廃墟となった松尾しか知らない我々とは違って、

そのような人にとっては、ここは今でも楽園なのかもしれない

 


 

  

BACK      HOME