金属鉱山が横穴から坑口に入ることが多いのに対して、炭鉱の一つの特徴として立坑がある。
立坑とは採掘した石炭を運び出したり鉱員が出入りしたりする縦穴のことだが、北海道にはかつては賑わう炭鉱のシンボルであったであろう巨大な立坑の櫓がいくつか残っていた。
その中には、奔別炭鉱のように悲惨な事故の爪痕が残る炭鉱もある。

とてもよく目立つ。

まさに廃墟の殿堂。

かつて三笠市は幾春別、幌内、奔別など複数の炭鉱を抱えていた。

そのうち規模が最も大きかったのが奔別炭鉱である。

この立坑櫓は1960(昭和35)年に建設された。

高さ50.52m、深さ750mで「東洋一」と謳われた。

炭鉱都市三笠のシンボルであったことは間違いない。

しかしエネルギー革命の波には逆らえず、1971(昭和46)年に閉山となった。

そして最後の最後に最大の汚点を残す羽目になる。