閉山のために坑口の密閉作業をした直後の爆発事故である。

 

 

 

      

 

                    この事故で5人が亡くなったと言われる。

 

 

 

              

 

                          恐らくその影響だろう。

 

 

 

     

  

               この立坑櫓には不自然な形をした部分がいくつもある。

 

 

 

              

 

                  いたるところがねじ曲がり、歪んでいるのだ。

 

 

 

             

 

                     爆発の衝撃は言わずもがなである。

 

 

 

             

 

                      どこかで述べたかもしれないが、   

               「負の遺産」はそれを生かすことで「正の遺産」になる。

  

 

             

 

               この事故以降も、北炭夕張新炭鉱(1981年、死者93名)、

         三井三池炭鉱(1984年、死者83名)、三菱南大夕張炭鉱(1985年、死者62名)

               等の大きな炭鉱事故が起こったことは残念で仕方がない。

 

 

      

 

              と私なりに解説しましたが、ご丁寧に案内板があります(´・ω・`)

 

               炭鉱での労働は、常に死と隣り合わせの過酷なものでした。

                ここはそれを目の当たりにできる、とても貴重な場所です。

 

 

 

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