1969(昭和44)年閉山
三年と三ヶ月ぶりに訪れた松尾
廃墟は雨に濡れていた

まぼろしの雲の上の都市
日本は明治維新を経て、早急に産業の近代化を推し進めた。
当初近代化産業に必要な資源を国内に求め、石炭を筆頭に開発・供給が始まった。

この中、松尾鉱山の歴史は明治15年、松尾村の佐々木和助、和七兄弟による
硫黄鉱床の大露頭発見から始まる。
東洋一の規模を誇り、標高1,000メートル、人里離れた厳しい気候の山中に、
独立した自治都市のように一つの会社が機能した。
最盛期人口15,000人の元山地区には、近代的な集合住宅、学校、病院、映画館等が立ち並んだ。

そしてマスコミはこれを「雲上の楽園」と呼んだ。

鉱山住宅はどこでも大抵和式トイレ
この時代は洋式トイレなどほとんどなかったかもしれない

前回来たのは残雪のある五月だったが、夏に来るとまた全く違う松尾になる

下の方は森みたいになる

ネスカフェ
ちなみに私は紅茶はいくらでも飲むがコーヒーは滅多に飲まない
親父は逆